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諸行無常を化学する


鹿島長次





   中性子と陽子と電子の3種の粒子の集合の仕方が変化すれば原子やイオンが変り、原子やイオンの集合の仕方が変化すれば分子の性質や機能が変化します。分子やイオンの集合の仕方が変化すれば物質が変化しますし、物質が変化すれば万物の組織や性質や機能も変化します。このように3種の粒子が集合して地球上の万物が作り出されていますが、その3種の粒子の集合の仕方により万物の性質や機能が発現していると考えることができます。
   A子さんが恋人としてB君との付き合いを決心したり、結ばれていたA子さんとB君が分かれを決心したりするためには、将来の生活の精神的あるいは経済的な安定性を考えなければなりませんし、気持ちの整理をし、家族や周囲のことも考え合わせて種々の障害を乗り越えなければなりません。同じようにこの3種の粒子の集合の仕方が変化する反応も、反応の前後の系Aと系Bのそれぞれのエネルギー的な安定性の違いや、系Aから系Bへの反応の途中で乗り越えなければならないエネルギー的に不安定な障害が反応の経過を大きく左右します。系Aからの反応は越えて行かなければならない峠が高ければ、反応がほとんど進行しないほどに極端に遅くなります。また、A子さんとB君が将来幸せになれると思えば最終的には二人が結ばれるように、反応前の系Aよりも反応後の系Bがエネルギー的に安定なときには、系Bへの反応は必ず進行して行きます。
   物理学の基礎となる熱力学の3法則のなかには、エネルギーも物質も形態は変化してもその総量を不変とするエネルギー不滅と物質不滅の法則が含まれています。また、エネルギーを発散しながら秩序の失わる方向に変化が起こり、エントロピーの増大するように変化が起こるという法則が含まれています。全ての物質は熱力学の3法則に支配されていますから、何らかのエネルギーの供給を受けて初めて秩序を持った物質が形成されます。このエネルギーの供給が得られなければ、エントロピーが増大する方向に変化が進行し、物質の持つすべての秩序が崩壊してゆき安定な状態に戻ります。
   8世紀に建立された法隆寺や東大寺や興福寺は存在を誇示するように、緑青と辰砂を混ぜ込んだ青色と丹色(朱色)の漆の塗料で色鮮やかに塗り上げられていましたので、奈良の都は「青丹良し」と形容されましたが、1300年の風雪に晒されてしまいましたから、法隆寺や東大寺は緑青も辰砂もエントロピーが増大する方向に剥げ落ちてしまいました。そのため長年の時の経過と共にこれらの文化財は軒や柱などの木材の生地が露出して、建立当時の色鮮やかな青丹良しの威容は残っていません。文化財も熱力学の3法則に従って諸行無常の変化をしています。
   人間も生物の一種に過ぎませんから、ブドウ糖の形で蓄積された化学エネルギーを吸収して子孫という新たな組織を作り、命を全うしますが、組織が支障をきたせば健康を害することになり死に至ります。死と共にエントロピーの増大の法則に従い、人間の遺体も最も安定な二酸化炭素と水の状態に変化して自然に帰ってゆきます。往時の支配者が権力を誇示するために作った古墳や神社仏閣などの文化財も、人為的にエネルギーを加えて作り上げたガラスやプラスティックなどの物質も熱力学の3法則に従い最も安定な状態の物質に次第に変化して行きます。このように熱力学の3法則に従って、万物を構成する全ての物質は自然にあるいは人為的にエネルギーの供給を受けて形作られ、また他の組織を持つ物質に変化して行きます。これぞまさに諸行無常の変化です。
   本書では万物の変化の過程を化学の知識を織り交ぜながら調べて、日常生活を取り巻く種々の物質の性質や現象などを独善的に見てゆこうと思います。日常生活を取り巻く万物が熱力学の3法則に従い最も安定な状態の物質に次第に変化して行くことを改めて考え直すことで、何か一つでも化学の研究や教育に役立つものが見つけ出せれば良いと思っております。また、逆に化学的な技術や知識が日本人の心の拠りどころとなる諸行無常を理解する援けになれば、本書はさらなる意義を持つことになると思われます。
   私の独善的な発想を織り交ぜて考察した結果は 「諸行無常を化学する」 としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。さらに、この 「諸行無常を化学する」 に対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。


    目次

1. まえがき
· 物質の変化は行く川の流れの如し?
· 自然科学の思想は三行思想?
2. 物質の変化は恋愛模様の如し
· 出会いと分かれが反応の基本
· 速さで競い合う三角関係の反応
· 子亀や孫亀のように親の影響を伝える多段階反応
· 物質の持つエネルギーは2種類
· 恋愛の成就を困難にする高い障害
· エネルギーの釣り合いで鋭敏に変わる恋愛模様
· 欠けたることもなしと思へば
3. 万物の根源となる原子核の無常の変化
· 同位元素は重さだけが異なる原子
· 太く短くもあり細く長くもある原子核の一生
· 40Kは地球の歴史を調べる時計
· 3Hで調べる地下水の流れ
· 原爆と原発は一字違いの同じ仲間
4. 空気と水と光に導かれる無常の変化
· 電荷を持つ微粒子からなる原子には電荷なし
· 原子と原子を結ぶイオン結合と共有結合
· 火を点すことは人類が始めて制御した化学反応
· 鉄の錆び易さは功罪相半ば
· プラスティックの無常
· 青丹良し
5. 分子の並び方に起こる無常の変化
· 物質の状態を左右する分子間力と運動エネルギー
· 形が長くなると変わる分子の並び方
· ガラスの無常
6. 人間の身体に起こる無常の変化
· 水の分解で作られるブドウ糖
· 食べ物を栄養分に換える加水分解反応
· 生物の活力はブドウ糖が持つ化学エネルギー
· 夜盲症の原因となるビタミンA不足
· 人間の寿命は100〜150年?
· 生命活動に不可欠な物質で発症する通風
· コレステロールの功罪
· 生物による解糖反応と炭化反応の競争
· 自然に帰る遺骸
7. 万物の変化はまさに諸行無常


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