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食べ物の何故をなるほどへ化学する


鹿島長次


   太古の昔から人間は何故(?)と思うことが多々あり、種々の現象や変化を観察したり、他の人の意見や過去の言い伝えや文献などから情報を仕入れたり、自分の知識や経験を基に考えたりして、なるほど(!)と納得して落ち着いてきました。17世紀以前の人々は太陽が1日周期で地球の周りを周回していると考えていましたが、1年周期で動く他の多くの星と比較して何故月と太陽だけが異なる周期を持っているか疑問を持っていました。さらに、比較的目に付き易い惑星と呼ばれる数個の星は何故天空を非常に複雑な軌跡をたどって迷走しているか疑問に思っていました。これらのいくつかの何故に対して、Galileo Galileiは地球が自転と公転をする地動説を考え出してなるほどと納得しました。また、林檎の実は木から落ちるのに、何故永遠に月が地球の周りを回り続けて落ちてこないか疑問を持っていました。Newtonはそのような沢山の小さな疑問を一つの大きな何故に集めて整理し、万有引力という大きななるほどで納得しました。
   人間は身体を維持するために、非常に多種多様な物質と多岐にわたり必要なエネルギーを水を溶媒とする化学反応で調達しなければなりません。これらの物質とエネルギー源として利用できる物質を取り込む組織は人間の身体には口と鼻から通じている肺と消化器官しかありませんから、人間は生命活動を維持するためには空気を吸い、食べ物を食べ、溶媒の水を飲まなければなりません。人間は水を飲み、食べ物を食べなければ生きてゆけないのです。人間の生命活動を維持する組織と機構では呼吸により肺から空気中の酸素を吸収し、不要になった二酸化炭素を廃棄しています。また、口から食べ物を摂取して水に溶けやすい物質に消化器官で分解し、身体を構成している物質の原料や生命活動を維持するためのエネルギー源を腸壁を通して吸収し、血管の中を身体の各器官へ配送し、配送先の器官で必要に応じた物質やエネルギーに変換しています。このように鼻と口から空気と食べ物の形で種々の物質を体内に取り込み、36℃の一定温度の下で水を溶媒とする非常に複雑な化学反応の過程により、生命活動の維持に必要な物質やエネルギーを作り出しています。
   従来、西欧では人間の感じる基本的な味覚は4味と考えられてきましたが、日本では甘い、塩っぱい、酸っぱい、苦いのほかに旨いの味が加わっています。これらの種々の味は味覚物質が水溶液となって口の中に入り、舌の味覚を感知する部分に接触したときに味覚として感じられます。水に溶け込んでいる味覚物質の濃度が高いほど、舌の上の味覚を感じる部分と接触する機会が多くなりますから、味を強く感じるようになります。この5つの味を感じる味覚部分の性質と油が水の中に入っても2層に分離してしまい溶けることが出来ない性質から、人間は油で覆われた食べ物の味をあまり感じられません。他方、嗅覚は匂いの情報を得ることに特化した触覚の一つで、呼吸をする時に外気が通り過ぎる鼻の中にありますから、空気中に含まれる気体物質が接触して匂いの情報をもたらします。沸点が低く揮発性の高い物質は空気中に気体として拡散し易いので強い匂いの情報を与えますが油に比較的に溶け易く、人間は油に覆われた食べ物の匂いをつよく風味と感じる傾向にあります。
   生命活動の維持に必要な物質を飲み物や食べ物として口から取り込むときに、人間は旨い、甘い、塩っぱい、酸っぱい、苦いの5つの味を味覚部分で主に水に溶け易い成分に感じ、油に溶け易い成分は風味で感じます。タンパク質とDNAとRNAと脂質とミネラルと炭水化物を含む身体に有用な食べ物は旨いや甘いや塩っぱいのような好ましい味と風味に感じ、腐敗などによる有害な食べ物は酸っぱいや苦いのような好ましくない味と風味に感じます。人間は生命活動の維持に必要な物質を好んで食べたがるように好ましい味や風味と感じ、本能的な自己防衛の能力として毒性を持つ物質などを体内に取り込まないように好ましくない味や風味と感じます。
   図に模式的に表した小さな何故が集まって文明を大きく左右するような大きな何故が生まれてきますから、小さななるほどの積み重ねの上に大きななるほどは導き出されます。このような種々の過程を経て何故からなるほどと納得して落ち着くことが蓄積されて人類の文明が発展し、文化が花開いてきました。著者も研究生活を続けている間に多くの現象に対して何故からなるほどを経験してきましたが、本書では基本的な食べ物に纏わるいくつかの何故に対して、化学の知識や経験を基にしてなるほどと独善的に納得しようと思います。1年間に1000回以上も持つ食事の折に、不図浮かぶ食べ物の何故を考えてなるほどと納得することから、何か一つでも化学の研究や教育に役立つものが見つけ出せれば良いと思っております。また、何故からなるほどを考えることで日常生活を豊かにする助けになれば、本書はさらなる意義を持つことになると思われます。 このように食べ物に纏わる種々の何故を化学の知識や経験を基にしてなるほどと納得できるように、 「食べ物の何故をなるほどへ化学する」 としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。さらに、この 「食べ物の何故をなるほどへ化学する」 に対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。


    目次
1. まえがき
· 何故からなるほどへ
· 何故、人間は食べ物を食べ、水を飲む?
· 何故、人間は味覚を感じる?
2. 飲み水にまつわる何故を化学する
· 何故、大量の水は地球上だけに?
· 何故、水は液体?
· 何故、溶液中では反応が早くなる?
· 何故、水は溶ける物を選り好みする?
· 何故、C=O結合への付加反応と脱離反応?
3. 炭水化物にまつわる何故を化学する
· 何故、地球の大気中に二酸化炭素が少ない?
· 何故、太陽光で物質の劣化が進む?
· 何故、葉っぱは緑色?
· 何故、ブドウ糖が太陽光エネルギーを蓄える?
· 何故、飴玉を舐めると元気になる?
4. タンパク質にまつわる何故を化学する
· 何故、タンパク質の構成単位はα—アミノ酸?
· 何故、動物はアミノ酸を使い回している?
· 何故、植物はアミノ酸を自給自足できる?
· 何故、生物を構成するアミノ酸は全てS-型?
· 何故、生物を構成するアミノ酸は全てS-型?
5. 脂肪にまつわる何故を化学する
· 何故、油は水と仲が悪い?
· 何故、脂肪酸の炭素数は偶数?
· 何故、精油成分の分子構造にメチル基のひげ?
· 何故、母乳の中では脂肪もタンパク質も溶液状?
· 何故、卵の成分は卵黄に集約している?
6. プリン体にまつわる何故を化学する
· 何故、通風を引き起こすプリン体が身体に必要?
· 何故、DNAの中には宝物がいっぱい?
7. 食べ物の味覚にまつわる何故を化学する
· 何故、美味しい食べ物は良薬に優る?

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